1. ネットを介さないITの模索…「回覧」の登場 |Web常設展「回覧の軌跡」

―FDの回覧から始まり、インストゥルメンタル曲の作曲に至るまで― これまでの活動を紹介。

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updated 2014-05-27

時は1990年代後半、パソコンを持っている人はまだ限られていたが、
たとえパソコンがあっても、インターネットがつながっているのは当然のことではなかった。

1999年、インターネット環境がない中でITの模索は始まった。これが、私達共通のドメイン名の発端となった「回覧」である。

「ハイパーリンク」から始まるITの扉

1998年頃…@chi_ri_jin@takiwo88が小学校から中学校に上がる頃、学校を休んだ日の連絡や、家と学校の間を結ぶ仮想の鉄道の営業案内や広報、正月に至っては書き初めを、FAXで送受信していた。
一般的には「なぜそれをFAXで送る?」といったところだ。

1998年7月、@chi_ri_jin宅のワープロを買い換えようとしたところ、@takiwo88の奨めでパソコンを導入した。これが転機でもある。

ITの扉は、意外にも元旦に訪れた。1999年1月、@takiwo88作成し、@chi_ri_jinに送付した「FD年賀状」で、@chi_ri_jinに激震が走る。
3.5インチフロッピーディスクの中に、HTML文書が入っており、開くとメニューが表示され、押すと別のページが表示される。

今や当たり前となった「リンク」だが、せいぜいワープロソフトの「文書」しかなじみがない人間が、このプログラムめいた、文書と文書がつながる現象は驚くべきものだった。世界とつながる前に、この小さな扉に、可能性を感じてしまったのだった。

回覧するFD「回覧」の誕生

@chi_ri_jinは、このFDを受け取ってまもなく、これを自分で再現したい衝動にかられてしまった。
同様にFDの中にHTML文書を入れて、@takiwo88に返さずにはいられない…そのため、適当な方法を試行錯誤しながらHTMLを作成し、最低限のお約束として「リンク」で複数ページをつないで(笑)、@takiwo88に返したのだった。

このFDは、しばらく2名間の往復が続くが、やがて3人となり、4人となり…最終的には5人の輪で回すようになった。このフロッピーが「回覧」と名付けられる。
各メンバー別のフォルダに、各自で内容を入れ替えて回す、というもので、いわば「デジタル版交換日記」と言っても良い。

さすがに5人ともなると一巡するまで時間がかかるため、@chi_ri_jin管理のものが「回覧」(反時計回り)、@takiwo88管理のものが「回覧盤」(時計回り)と2つ用意された。

やがて、HTMLを毎回作ることはなくなったが、自作の曲、共同開催の日帰り旅の概要や写真、試しに作ったバッチファイル、アイコン等、自作のあらゆるものを入れ替えて回していた。
これは、高校受験体制になる前の2000年まで続けられ、1年半の間、25回に渡って回覧された。

なお、回覧を回すメンバーは、同じ団体に所属することもなく、何の友人と呼ぶか、定義が難しかった。そのため私達の呼称は「回覧メンバー」となった。

偶然@chi_ri_jin@takiwo88は偶然同じ高校に進学するが、共通するアイデンティティとして「中学校(クラス)が同じ」「高校が同じ」と言うには何かピンと来るものがなかった。
特に高校では同じ団体に属していたが、そこでの文化とは別の、独特な流れがあった。
当時から、どうやら源流である「回覧」にアイデンティティーがあるような気がしていた。

FDを回していた、回覧・回覧盤。

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1週間間隔で回していたが、この2つが逆回りのため、2枚同時に来ることがあった。

回覧・回覧盤の中身

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余裕があるときは上記のようにHTMLが作られた。ないときはテキスト文書が単体で置かれることが多かった。自作曲、アイコン、その他旅行(日帰り外出企画)企画関連、その写真等が回覧された。

Story06:行動範囲と友人関係を交通網にする

回覧、FAX通信がやりとりされる元となったネットワークについては、こちらをご覧ください。

Story02:回覧マインドが生む、発想と技術の出会い

回覧から発展して、PCでできること、インターネットを通しての試行錯誤は、こちらをご覧ください。