2. 回覧マインドが生む、発想と技術の出会い |Web常設展「回覧の軌跡」

―FDの回覧から始まり、インストゥルメンタル曲の作曲に至るまで― これまでの活動を紹介。

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updated 2014-05-27

回覧グループの歩みは、「回覧」するフロッピー、HTML、Webページ…と、いわゆるITの進化の順序を追っていったようでもあるが、それはあくまで本筋でしかない。「脇道」があったからこそ、本筋ができたのだ。

もっと言えば、たくさんある脇道に気が向いてしまい、本筋が定まらないということも多かった。

その「脇道」とは?
回覧の中に入っていたHTMLを見たときと同じく、「こういうことがしたい」という発想、それを実現する技術が出会うとき、試行錯誤は始まっていた。

作曲、簡単なプログラム作り等、放課後の興味と言えば、こうした試行錯誤の連続だったのだ。
@chi_ri_jinの思いつきと、@takiwo88の技術による試行錯誤の組み合わせで何ができるのか。

ここで「1人ではできないが、2人いると2倍以上のことができる。」ことを知り、徐々にこのネットワークに多く人々が入ることで、もっとおもしろくなるだろう、と考えていた。

電子ピアノの多重演奏からDTMへ

1999年4月、@chi_ri_jinが9年間習い続けたピアノをやめる前後だった。
楽譜通り弾くことと、発表会で人前で注目されて曲を弾くことに限界を感じていた。
ただ、アンサンブルや合唱は好きで、「自分の声や自分のパートが目立たず、脇役(サブメロ)に徹することができて、独奏(独唱)以上の豊かな音楽になる」ということが、魅力だった。

自宅の電子ピアノを弾きながら、思いついた曲をテレコ(カセットテープ)で録音、それをラジカセで再生し、再度電子ピアノを弾いてテレコで録音。それを5回繰り返し、多くの音色と雑音が織り交ざった曲ができた。

音が混ざるおもしろさを感じながら作る…これはおもしろい、と思ったのだった。

さて、@chi_ri_jinは、これをwaveサウンドで録音したファイルを、回覧に入れた。
1999年4月26日の「たきぞう電気通信6号」である。

@takiwo88から声がかかったのは間もなくのことである。
「無料のソフトで、作曲ソフトがある。家のPCに入っていたが、よく分からず、使ったことがなかった。これが使えるかも知れない」 と言ったのだ。
@chi_ri_jinはパソコン歴1年、難しそうな、得体の知れぬソフトにあまり好反応ではなかった。

@takiwo88も使ったことがないながら「まぁ見てみたほうが良い。触ってみたほうが良い。」とのことで簡単に紹介した。すると…楽譜にポンポンと音符を打っていけば良いという手軽さから、@chi_ri_jinはまず音符を打ってみたのだ。

楽器や音程の指定方法等は引き続き@takiwo88の指導を仰ぎながら、30秒程度の曲が3つ完成した。カセットから1ヶ月後の5月のことだった。

作曲が日常生活の一部に

「これはおもしろい。」曲を作ること、楽器を組み合わせることは好きだが、演奏はしたくない@chi_ri_jinは、DTM(=PCでの作曲)ソフトは重宝する一品だった。
7月にも1曲、9月にも1曲…とハイペースで曲を作っていった。

@chi_ri_jinが曲を次々と作っていく中、ソフトの情報の持ち主、輸入元の@takiwo88も黙ってはいなかった。
「自分でも作ってみよう。」
「0から作る」と思うとハードルは高いが、身近な人が思いついたメロディーを曲にしている、と思うとハードルは低い。その影響もあり、同12月に1曲目、翌年2月に2曲目を作る。

@chi_ri_jinが、音を組み合わせていた「遊び」程度だったのに対し、@takiwo88の曲は、まとまったピアノ曲だった。
「しまった」…@chi_ri_jinは曲の完成度の低さを見直すべく、深みを追求しようとしていた。
こうして次作(2000年5月)からはストリングスやハープを使い、耳に心地良い音楽を目指していった。

短期間のうちに、互いに影響し合って曲作りが磨かれていき、お互いが曲を作ったことに影響されて、曲を作ろうということになる。これから3年間、1年に5~10曲は作るのが日常になっていた。

Story03:作曲から広がる可能性

作曲の進展は、こちらをご覧ください。

PCカスタマイズから、共同ソフト制作へ

それまであったワープロは、一度買うと操作性は買ったときのままの状態だった。
しかしパソコンはバージョンアップやカスタマイズをすることで、操作性が変わってくるのだ。
@chi_ri_jinの家に新しく入ったパソコンは、購入時はWindows95だったが、買って間もなく「Windows98」へのアップグレードの案内が届き、アップグレードを行ったことで、そのことを知った。

@chi_ri_jinはもともと、機械に馴染みがなく、パソコン操作では壁にぶつかることが多かったため、しばしば@takiwo88に電話し、操作のみならず仕組みや構造、理由まで質問攻めをしていた。

@takiwo88は、時としてメーカーより頼りになるヘルプデスクとして説明を重ね、時として便利なフリーソフトを見つけては、自分で試行錯誤していた。@chi_ri_jinも初心者ながら、こういった情報が入ると「アイコンを変える」「アクティブデスクトップを活用したい」と、試行錯誤を重ねた。

そこで、「アイコンを変える」しいては「アイコンを作る」「メッセンジャーのスキンを作る」「壁紙を作る」とった順に、見た目のカスタマイズの試行錯誤が進んだ。

また、@takiwo88ではバッチファイルを作成、クイズやアンケートに活用し、これも回覧で回していた。その後@takiwo88はVisual Basicに取り組み、@chi_ri_jinがインターフェース作成、@takiwo88がプログラミングという形で、Windows用アプリケーション「世界時計」が完成した。

こうして「あったら便利なもの」の発想と技術を組み合わせて形にする試みは始まった。この後、ソフトを作成してはいないが、これ以降は、試行錯誤の舞台はWeb関連となる。

【世界時計 スクリーンショット (準備中)】

インターネットから、Webページへ

@takiwo88はインターネットの導入が早く、既に1998年頃から始めていた。@chi_ri_jinのインターネット接続には大きな障壁があった。@chi_ri_jinにとって「まぁやってみれば分かる」という言葉では何も解決されず、@takiwo88への質問攻めが展開されることになる。
要は、普段操作しているファイル・フォルダの感覚とどこが共通していて、どこが違うのか、何が便利で、何が問題なのか。それを手探りで掴もうとしていた。

結局よく分からなかったが、何が便利で何が問題かはなんとなく想像がついたので、2000年から導入してみることとした。
そして、Webブラウズという方法とメールという方法があることが分かり、Webブラウズの方法に興味が出ると、すぐさまWebページ作成にとりかかった。

FD年賀状のときと同様、興味本位で「作れるものなら作りたい」と思ったのが大きかったが、こうして、大したコンテンツはないもののWebページができることになる。

「回覧グループ○○のページ」という形で、@chi_ri_jin@takiwo88、中村くんの3人がページを公開。
アイコンや音楽、写真等が公開された。こうして1つのアウトプット方法を身につけていったが、よくある「知人以外誰も来ないサイト」になっていた。やがて自分も見なくなり、2001年頃削除することとなった。

Story04:Web上での試行錯誤

その後、2002年頃から再びWebページを公開することとなる。以降のWebの進展は、こちらをご覧ください。

Story03:作曲から広がる可能性

作曲の進展は、こちらをご覧ください。